その3123 11/30 am5.00
自然の旨味を何年ぶりだろうか味わう事が出来た。
それは地元の山で取れた山芋である。
ほんのちょとだけお手伝いしたお礼に頂いたのだ。
子どもの頃は親父がきこりであった事から毎年今の時期から
正月過ぎまで私は山芋堀りをして家計を助けていた。
今の時期を過ぎると弦は枯れて場所がわからなくなる事から
麦まきの時期に親父は上着のポケットに麦を忍ばせて山仕事に行く様になり
山芋の弦を見つけては弦の根元に2.3粒撒いておくとその麦が芽を
出して弦の枯れた正月でも掘る事が出来て正月前に売りに行くと
珍しい事から高く買っていただいていた事を思い出す。
その日だけは売り物にならないくず芋が摩り下ろされて麦めしに載って
夕食に食べる事が出来た。
懐かしい思い出と共に懐かしい食感を楽しむことが出来た。 ありがとう。
その3122 11/29 am4.30
ここ数日、この季節になく暖かい日が続いている。
畑で少し体を動かすと汗が出るほどに暖かい。
ユウ君とひとっ走りすると汗びっしょりになる。
昨日も山の中腹までユウ君と走ってきた。
幸いにユウ君は獣の匂いを嗅ぐために走りを止めてくれるから
私は何とか付いていける状態である。
山も黄葉、紅葉が綺麗でありました。
今日はユウ君にお留守番を頼んでKFさんと車で紅葉見物でもする事にしよう。
その3121 11/28 am4.00
椎茸の原木切りのチェンソーの音が山に響く。
私も負けずに昨日、原木の伐採をした。
周辺では50本、100本と伐採しているが我が家では7本の伐採でありました。
それでも2年後は私たちには食べきれないほどの生椎茸が取れる。
さすがに椎茸農家の伐採は一方向に倒れているが私の切った木は
西に向いて倒れたり東を向いて倒れたりで、中には農道に倒れて
枝落としをしなければと通れない木もあった。
昨日切った原木は2年後に収穫される様になるが前に切って
今収穫しているホダ木がその頃には寿命が来て腐ってしまうからだ。
ホダ木の寿命は5年から6年と言われている。 シイタケ栽培に挑戦を更新しました。
その3120 11/27 am4.00
その3119 11/26 am4.30
今年もカレンダーがもらえる時期になった。
車の任意保険を継続に行ったらカレンダーをくれたよ。
それも特大で書き込むところが沢山ある月めくりのカレンダーだよ。
特大ってどれくらいだと思う?新聞1ページ分というかA2判の大きさだよ。
このカレンダーは文字だけで写真も絵もないから農機具小屋にかけて
「○○の種蒔き」とか「**の収穫」とかマジックで書き込めるほどだよ。
もう一つ他から貰ったカレンダーは小さいんだ。B6判で32ページもあって
活字の大きさはこのくらいの大きさがびっしり書き込んであるんだ。
このカレンダーは農家で昔から使われていたカレンダーなんだが使い道は???
それに昨日は農家からもち米が届いたよ。10kg入り玄米が2300円だって。
どこかで見た「うるち米10kg 玄米2900円で売りました」とあったが随分高いんじゃない?
即金で払って大根、高菜、結球しない白菜を持って帰ってもらったよ。 それでも安いよねー。
その3118 11/25 am4.30
今日、午後1時から豊泉大学(高齢者学級)が行っている「歴史を学ぶ会」の
11月例会(赤松地区の探訪と親睦の集い)が私の集落で行われる。
1 百姓一揆犠牲者の碑(市指定史跡)
2 庚申塔
3 左荘板碑(県有形文化財)
4 宇土の仏跡(市指定史跡)を巡りその後、
地区多目的集会所で学習会と親睦の集いがあり約3時間ほどの会が終わる。
お天気も良さそうで気温も20度近くまで上がるという。
高齢者が歴史を訪ね歩くには最高の日和になりそうである。
その3117 11/24 am4.30
真冬のような気温が一転して春の様な気温になり久しぶりに畑仕事をした。
畑仕事と言っても赤コカブ大根と高菜の種蒔きでありました。
どちらも収穫して食べているのだが今収穫しているのを終わった後に
収穫することを目標にしての種蒔きでありました。
今の種蒔きは蒔く時期が遅くて発芽率が悪いと言われている。
その分沢山蒔けば良いなどと勝手に想像しながらの作業でありました。
巷ではクリスマスやお正月用に葉牡丹やシクラメンなどの鉢植えを見かける。
我が家では結球しない種類の白菜の鉢植えをした。
訪れる人のない玄関先に鉢やプランターを並べて一枚ずつ葉を取って
朝のお味噌汁に入れるのだ。
こんなお味噌汁を食べると長生きしそうである。
その3116 11/23 am4.30
ふるさと 作詞 高野 辰之
1.うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川
夢は今もめぐりて 忘れがたきふるさと
2.如何にいます 父母 つつがなしや友垣
雨に風につけても 思い出ずる ふるさと
3.志を果たして いつの日にか帰らん
山はあおき ふるさと 水は清き ふるさと
この歌詞は高野 辰之が生まれ育った信州の山里の風景を歌ったものだそうだ。
岡野 貞一作曲によるこの曲は著作権消滅曲となって私のページに多く使われている。
歌詞、曲想からも私のふるさとも同じに見えていた在阪時代が良かった。
その3115 11/22 am4.00 小雪
昨日の続きです。
鶴御崎丹賀砲台では予定外の時間がかかった事から昼食が1時間遅れの
1時からでありましたが魚の美味しい地域である事から「海鮮どんぶり」でありました。
道の駅「かまえ」は漁港に面しており、太平洋と瀬戸内海の海流にもまれて育った
魚は身がしまり、味も格別である事からこの駅の名物として売り出し中であると言う。
当然、店内では鮮魚や貝類、一夜干しの販売もされておりました。
今回のコースは少々道路事情が悪い事から観光客の姿はなくどの場所も
私たちの貸しきり状態で広い駐車場も私たちのバス2台のみでありました。
1時間遅れの6時30分、バスのトランク一杯のお土産と共に集落へ到着。
お元気な豊泉大学学生総勢60数名の日帰り学習会は無事終了しました。
来る、25日には特別講座の「歴史を学ぶ会」が私たちの集落で行われる事になっている。
その3114 11/21 am5.30
6時30分、迎えに来たバスは中型で22人を乗せて大分県の最南端で
九州の最東端、鶴御崎(つみみざき)へ向かった。
海抜150mの断崖上にある鶴御崎灯台は豊後水道を航行する船の安全を守っている。
灯台からの風景は豊後水道の向こうに四国の山並みの見える絶景でありました。
2番目に訪れたのは鶴御崎丹賀砲台、「昭和6年にこの砲台は完成し、
太平洋戦争直前の昭和16年12月に豊予要塞司令部や要塞重砲兵連隊が編成された。
そして、翌17年1月11日、30センチカノン砲の実射訓練をした。
しかし、この実射実験の最後の一発の砲弾が腟発し、砲台は一瞬のうちに破壊され
多くの死傷者を出す事態が発生した。」と言う。
今は戦争の遺産として平和の尊さを伝える園地として残されたいた。
その3113 11/20 am5.30
豊泉大学(高齢者学級)の11月の学習会が今日行われる。
それも2台のバスで日帰り研修旅行だ。
研修と言っても数ヶ所見学して美味しい昼食を共にして一杯やり
楽しむ一日になりそうである。
行程表が2ヶ月ほど前に届いていたが行方不明で内容も定かではないが
am6.30、利生禅寺の前まで迎えに来るバスに乗れば一日楽しめることから
楽しんできます。
今日も一番若い私が記録係を勤めます。 行ってきま〜す(^^♪
その3112 11/19 am5.30
宇土の大師堂の改修工事が終わり監理報告書に大師堂代表世話人の
工事完了を認める署名と印鑑を頂く書類に印鑑が押され昨日届けられた。
「小規模集落赤松村 里山の会」が大分県、国東市の補助金で行っていた
私の責任のある大きな改修工事は全て終わった事になる。
2ヶ所の工事現場が私の設計監理の下で行われた事は少しは地元に
貢献できたのではと思っている。
当然の事で全てボランティアであるが私の最後の地元へのお世話になった事の
お返しが出来たのではなかろうか。私は2ヶ所の現場で楽しませていただいた。
やはり現役で仕事が出来る事は私の脳細胞活性化には最高に良いようだ。
その3111 11/18 am4.30
真冬並みの寒波と雨の一日でユウ君の散歩以外は外へ出なかった。
そこで又、私流のシイタケ栽培のページを作った。
見よう見まねの栽培方法は私の得意とするところであるが
少々今回のシイタケ栽培に関しては勝手が違った。
何しろ収穫までに2年近い期間が必要な事でありましたが
幸いに私なりに成功した事で公開する事になりました。
「シイタケ栽培に挑戦」をUPしました。
おかしな可笑しなニンジン栽培法を更新しました。
その3110 11/17 am4.30
「新型インフルエンザとは、季節性インフルエンザと抗原性が大きく異なる
インフルエンザであって、一般に国民が免疫を獲得していないことから、
全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を
与えるおそれがあると認められるものをいいます。
今般、メキシコや米国等で確認された新しいインフルエンザ(H1N1)を
感染症法第6条第7号に規定する新型インフルエンザ等感染症に位置づけ、
感染の拡大を防止する様々な対応が国際的な連携のもとに始められています。」
(厚生労働省のホームページより)
そんな訳で腎機能障害のあるKFさんはハイリスクと言う事で季節性と
新型インフルエンザの予防接種を病院の指示により1週間の間隔をあけて受けた。
その3109 11/16 am4.00
久しぶりに静かな日曜日でありました。
朝のうちに2ヶ所の「小規模集落赤松村 里山の会」の最終現場報告書を作り終えて、
そろそろ種蒔きに良いと言われていたエンドウとそら豆の種蒔きをしました。
数日前の雨でころあいに土は水分を含んでいた事から水遣りもなく
一時間ほどで終わりました。
今日はこちらもそろそろ時期と言われている椎茸の原木の伐採が出来るかな〜
ユウ君と一緒に山へ行けると良い。 山はユウ君の最高の遊び場なんです。
そうそう、帰省して丸5年が13日に過ぎました。
今年の記念樹は極早生みかん1本と金柑1本でした。
その3108 11/15 am5.00
記念植樹は2時間ほどで終わった。
事前に穴を掘り植木用の土を入れて それぞれの穴に苗木を配置して準備して いた事から植え込みと補助支柱に苗木を 固定する事そして、それぞれの木に名札を 結んで完成した。 |
参加者の皆さん総勢約60名は赤松多目的集会所に移動して慰労会が
行われ、地元の子供会と小規模集落応援隊の家族の子供たちとの交流がされた。
その後、小規模集落応援隊のご家族を我が家のシイタケ栽培地に招待した。
始めてみる椎茸の栽培と盛んに出始めた椎茸の収穫を楽しんでいただいた。
そして、大根の収穫も子供たちには良い経験になっただろう。
応援隊のご家族の皆さん楽しんでいただけましたか?
是非、又遊びにお越しくださいね。
その3107 11/14 am4.00
私たちの集落の上流部に砂防ダムが建設中であったが本年3月完成し
今日、その完成を記念して記念植樹が行われる。
昨夜からの雨も上がって最高の日和となりそうだ。
参加者はダムに直接関係した住民さん、地区子ども会、草刈などの手伝いに来ていただく
小規模集落応援隊とその家族、それに発足したばかりの「小規模集落赤松村 里山の会」が中心となって行われる。
桜の幼木が60本ほどとモミジが20本ほどになりそうである。
子供たちや参加者にそれぞれの木に名札を付けてもらい記念に残す事にしている。
その名札を60枚ほど昨日作った。
現在、里山の会が補助金を貰って工事を進めている大師堂の板の切り落としを大工さんに貰って作った。
そんな事で大きさも数種類となったがこれもまた良かろう。
私は記念植樹の模様を出来るだけ沢山の記録に残す事が担当である。
その3106 11/13 am4.00
秋の雨は冬を連れて来る
一雨ごとに寒くなる 空気は透明感をまして豊後水道が見える その向こうに瀬戸内海が見える そしてその向こうに中国山地が見える (水平線の向こうの山並みは山口県) |
その3105 11/12 am3.00
「秋茄子は嫁に食わすな」と言う。
その語源は様々あるようだが一般的には美味しい秋茄子を嫁に食べさせるには
もったいないと言う事のようである。
それほどに美味しいと言うのか・・・・嫁いびりの言葉として使われたのか・・・・
少しだけ脱線するが私の地方では「ナス」の事を「ナスビ」と言う。
どうやら「ナス」は東日本、「ナスビ」は西日本での言葉として使われているようである。
またまた脱線するが数日前、我が家の秋茄子の木を引き抜いてほかの作物を植える準備をした。
10cmほどのなすから30cmほどあるナスまで60本ほどの最後の収穫があった。
何時もは何でも欲しがるユウ君も見向きもしなかったが私が生ナスをかじっていた所
欲しいとせがみ始めた。
それではと私のを半分差し出すとおいしそうにムシャムシャと食べだして次を要求するようになった。
「秋茄子は犬に食わすな」と言うことかも知れないねー
その3104 11/11 am3.00
昨日の宇土の山は雨にけむり、鮮やかな紅葉も一休みしているようであった。
それでも発電機のエンジン音は山に響き電動丸のこが新しい木を切る。
何時もは線香の香りがする小さな堂内に杉板の香りがただよっていた。
その3103 11/10 am3.00
標高250mの地点にある「大師堂」で今、改修工事が行われている。
その現場を背に宇土山があり、険しい崖を鉄の鎖やロープを使って
山頂を目指してみた。
一気に60mを超える標高差は私の元気も少々こたえる。
山上(315m)から見る山肌はハゼの木などの赤に山芋のつるの黄色、
そして杉の緑と鮮やかな風景に下界のわずらわしさを忘れさせてくれる。
山頂への登山道は数十年も放置されていた事から普段は誰も立ち入る事は
出来ない状態であったが小規模集落応援隊や「小規模集落赤松村 里山の会」が少しずつ切り開いている。
山頂を経由して隣の集落へ続く道は「弘法八十八霊所」である事から最終的には
トレッキングコースとして整備が予定されている。
その3102 11/9 am5.30
「馬鹿につける薬なし」とは良く言ったものだ。
昨夜の会合で身にしみるほどに体験した。
長年の慣習の中で建前を振りかざし、本音を包み隠して暴走する幹部に
金魚の糞のようにぶら下がる面々のみにくい事はこの上ない。
私には到底理解しがたくこの習慣を絶たねば村おこしなどありえない。
村おこしは特定の人の利益を追求するのではなく村全体に少しずつでも
貢献する事が望まれるのが理想ではなかろうか。
その3101 11/8 am4.30
花の少ない季節にヒマワリが咲き始めていた。
それも真夏に咲いた花からの種が発芽して成長したものだった。
しかし、2日前の霜の害でどうやら咲かずに枯れるようである。
一方、百日草も同じように真夏に種が落ちて発芽した物であるが元気に花を咲かせた。
それも蕾を沢山つけてまだまだ咲くぞと頑張っているようだ。
我が家では皇帝ダリアが沢山の蕾をつけて早い株ではまもなく咲きそうである。
その3100 11/7 am3.00 立冬
今日からが冬と言う。
しかし、国東半島はいまからが秋である。
実りの秋は過ぎたが紅葉もそろそろ見ごろを迎えて
秋の行楽シーズンと言うところ。
稲の切り株からは新芽が伸び始めている。
今日から又、別の支援事業の工事が始まる。
そんなこんなで私は等分の間は最高の森林浴を味わう事になる。
現場から眺める紅葉を楽しみに出かけることにする。
「小規模集落赤松村 里山の会」お知らせを更新しました。
その3099 11/6 am5.30
一ヶ所の改修工事は工務店の作業が終わった。
後は清掃して工事監理報告書に添付する竣工写真を撮影して
報告書を作り発注者側と受注者側の承認を頂く事で
この改修工事の私の責任は終わる事になる。
今週末からは残りの2ヶ所の工事が始まる事になっている。
一ヶ所の現場は集落上流の車も行けない山の中である。
材料の搬入は人の手による搬入であり、電気のない工事現場での
電源は発電機による供給となる。
工事その物は簡単な事から材料搬入が終われば半分終わったような物であるが
私は現場管理者として付きっ切りになりそうだ。
その3098 11/5 am6.30
私のカメラの撮影日時が狂い始めた。
早速その対処法をメールでメーカーに問い合わせした。
そして昨日、的確なサポートメールを頂いた。
すばやい対応に感謝している。
撮影日時の狂い始めた問題の結論としては5年間も
電池交換していなかった事に原因がありそうである。
今日、その電池交換する計画であるが果たして町のカメラ屋さんに
電池の在庫があるかが今度は問題になりそうである。
その3097 11/4 am5.00
一ヶ月ほどいきなり季節が進んで体調管理に少々苦労している。
ゲートボール場ではドラム缶で焚き火と焼き芋で体の内外を温めている。
工事現場では落ち葉と大工さんが出した切りくずで今日から焚き火でもしようと思っている。
さて、我が家ではどうするかと言う事だ。 畑の枯れ草を集めて焚き火も良い。
家の中では焚き火と言うわけにもいかない。
昔は囲炉裏があって焚き火して焼き芋に味噌汁まで炊けていたのだが・・・・
電気ストーブは電気代がかかる。 布団の中に潜り込むしかないかな〜(^^♪
その3096 11/3 am4.00
今日は祭日、文化の日。 私の予定
am8.00 改修工事現場で現況の写真撮影、大工さんと工事の打ち合わせ
am9.00 ゲートボールの練習場へ。改修現場の往復があるかも・・・
am11.00 帰宅後、KFさんのアッシーで買い物、スーパーへ
am12.00 昼飯
pm1.00 改修工事現場で現況の写真撮影、大工さんと工事の打ち合わせ
pm2.00 支援事業の川の葦刈り現場へ合流して草かり機で葦刈り
pm4.00 改修工事現場で現況の写真撮影、大工さんと明日の工事の打ち合わせ
その間に葦刈現場と改修現場の往復があるかも・・・
葦刈りの懇親会どころではなさそうである。(o><o) 文化って何だ?
その3095 11/2 am4.30
小規模集落支援事業の助成金による主な3ヶ所の工事のうち1ヶ所の工事が
先月末から始まった。
村おこし事業の一環として名所旧跡を回る出発点となる集会所の簡易改修工事だ。
天井と床の補強、改修が主な工事であるが私はほぼ毎日、現場に行き大工さんの
切りかすの掃除と監理報告書に添付する写真の撮影である。
久しぶりに現場の雰囲気を楽しく味わっている。 やっぱり現場がいいな〜
その3094 11/1 am4.30
昨日、豊泉大学の特別講座のひとつである「歴史を学ぶ会」として始めての
歴史探訪が行われた。
地元の歴史を学ぶ事は私たち先祖のすばらしい知識を学ぶ事になる。
その知識は現代の生活にも生かされるべきものが多いようだ。
昨日の探訪でも150年以上の前の先祖の行った行為は当時、
受け入れられなかったそうであるが今では正しい行為であった事が評価されている。
科学万能、情報多様化の現代の地域起こしの活動に必要不可欠な事が沢山あり、
まだまだ、先祖の足元にも及ばない事があることを感じさせられた。
今月、中旬にはわが集落がその探訪地になっている。
いかに豊泉大学の皆さんにすばらしいわが集落の歴史をお伝えできるのか・・・・・