その1967 11/30 am7.00

Mちゃん一筋の私が昨日、Aちゃんの初乗り初体験(^^♪

時間がないので明日、詳細公開いたします。

乞う、ご期待?

 

その1966 11/29 am4.00

西風の音で目が覚めた。

電線や竹を西風がひゅうひゅうと鳴らしている。

我が家のもみじも落葉してしまっているかもしれない。

寒い風は西風、温かい風は東から吹く。

南北に山があるから東西に風が吹きぬけるのである。

そんな訳で私の住む集落には東西に窓のある家はほとんどない。

南北に大きな窓を作り夏の暑さは北の窓から南へと吹き抜けていく。

古くからの生活の知恵は今も集落には生きている。

素晴らしい生活の知恵である。

 

その1965 11/28 am5.30

昨日は日曜日、何時もなら朝早くからKFさん共々出かけていただろうが

一人で行っても楽しみは半減である。そんな訳で我が家の周辺の晩秋を

探してみた。 農事報告も怠ったいる。 KFさんの入院と補強工事と

晩秋が重なってしまったので仕方あるまい。

小雨降る我が家の周辺の晩秋と農事報告をかねてのご報告です。

「我が家の晩秋」をUPして見ました。

構造計算書偽造に関する建築設計関係3団体の記者会見

 

その1964 11/27 am5.00

KFさんは11月8日、入院以来3時間ほどであるが外の空気に触れた。

我が家の野菜やえんどう豆、そら豆もすくすくと育つ様子を眺めた。

サブ君とのひと時も過ごした。

パソコンデスクからの眺めも随分と換わって映っただろう。

利生禅寺の銀杏の色づきも山の色も・・・。

一月ぶりの寺参りも済ませて再び病院へ送っていった。

この回復ぶりであれば今週末には退院が確実な様である。

 

その1963 11/26 am7.00

KFさんの嬉しい顔が見られるか、がっかりした顔が見られるのだろうか。

今日9時より12時まで試験外出許可を病院に出していたのである。

今日は息子の月命日であり寺参りを毎月かがしたことがなく今日もおまいりに

行きたいと言う事のようである。

9時前には迎えに来ると約束して昨夜は帰ってきた。

嬉しい顔を期待して迎えに行きたいと思っている。

 

その1962 11/25 am6.00

今回の設計事務所の構造計算書の偽造にに対して私はこんな疑問もある。

当然の事、構造計算書の偽造した設計事務所は資格の剥奪は当然であろうが

その計算書に基づいて工事を施工した元受会社には責任がないとは言えないのである。

偽造された計算書を見破れるだけの工事管理者が施工会社にも現場にも居なければ

ならないことになっているからである。

「何故鉄筋の量が少ないのだろう」と疑問を持てばすぐに計算書の何処かに間違いが

あるのではないかと気づいて当然だからである。

施工会社は設計事務所の図面どうりにやれば安上がりになるので

計算書の偽造も目を瞑っていたのだろう。

それでなければ計算書を理解できない建築士が工事管理をしていたと言う事になるのである。

いずれはそれも解明してもらいたいものだ。

こちらも参考にご覧下さい。

 

その1961 11/24 am6.00

今朝から2.3日一人暮らし(T_T) 早速朝寝坊してしまいました。

たまには良いでしょう。 では又明朝にお目にかかりましょう。

今朝は時間がないんですごめんなさい。

 

その1960 11/23 am6.30

勤労感謝の日、私は仕事である。

少しだけのんびりした時間がありそうなので県道29号線を

写真に撮りながら帰る事にしよう。

折角色づき始めたもみじが赤くならずに散り始めている。

夏の少雨と高温が影響したのだろう。

KFさんは26日試験外出の許可を取るのだと申請書を書いていたが・・・

 

その1959 11/22 am5.30

今日は「いい夫婦の日」だそうだ。

わが夫婦は一度も喧嘩をしたことがない。

KFさんが我慢してくれたのか。 私が我慢したのか。 

いや、私が我慢したと言う記憶はない。 

夫婦喧嘩は犬も食わぬと言う。 

意見の対立はあったが話し合いで解決できた。

今の若夫婦では喧嘩をしない夫婦などはないと言うが・・・ 

皆さんご夫婦仲良くしましょうよ(^^♪

KFさんは今日からリハビリを開始し一週間後退院予定である。

 

その1958 11/21 am5.30

「民間に出来ることは民間に」誰の言葉かは言うまでもあるまい。

ついにその弊害が一つ表に出た。

在大阪時代から建築確認の指定確認検査機関の民間審査には不心があり、

明らかに違反である旨を指定確認検査機関の民間審査機関、担当市建築指導課等に

写真と共に報告したが是正されることなく工事が終わったことをこの目で見ていた。

今回の「構造計算書の偽造」はその一端に過ぎないのではないかとさえ思われてならない。

上記のことについてはこちらでご覧下さい。

 

その1957 11/20 am5.00

今日はほぼ一週間ぶりに県道29号線を走る。

明日から本格的に始る補強工事の現場に材料の搬入をする。

紅葉も少しは眺められることと思う。 相変わらず今年の紅葉も今一だと言う。

温暖化の現象は仏の里の山郷にも影響しているのであろう。

「k−planの新・国東百景」第18景をUPしました。

 

その1956 11/19 am5.30

昨日夕刻、KFさんの入院している病院を訪ねた所、

前日まで右手、左手、頭、胸等々チューブや線で繋がれていたのが全て取り除かれていた。

明日にも退院したい口ぶりのKFさんに「たまにはここでゆっくりしたらどうだい」と言うと

しぶしぶであるが納得したようである。担当医はリハビリを少々は必要だろうし

術後の検査も必要である事を説明したようである。

紅葉も気になるらしい。そして畑の草も・・・・(^^♪

最悪の場合には必要であろうとサブ君スロープには両側に手すりを付けたり

玄関なども手すりを付けたのだがKFさんには必要なく「無駄金を使って」と

お叱りを受けるのではと私は今から心配し始めているのである。

いずれ訪れる老後の為に残しておきたいと思う。

 

その1955 11/18 am6.00

KFさんが可笑しな行動をするのに気づい気づいたの一ヶ月ほど前、

私も透析をしていただいている病院の先生もであった。

そして11月4日、精密検査をする事になり11月8日入院、

その結果、手術をする事になった。

手術そのものは簡単なものであるがKFさんの人口透析との兼ね合いがあり

そのための検査に一週間を要した。 そして15日、手術したのである。

ごめんなさい、サブ君が散歩の催促ですので後のことは後日にします。

 

その1954 11/17 pm3.30

『サブ君、君も元気になったようだね。

食欲もあるし咳もしなくなったし元気に走りまえるしネ。

母さんも、もうすぐ元気になって帰ってくるよ。

今朝も食欲旺盛で君の事を心配していたよ。

父さんと違う母さんと君の散歩コースにも連れて行ってもらえると思うよ。

父さんは母さんの所へ行ってくるから留守番を頼んだぞ』

 

その1953 11/16 am7.00

南天の赤が目立つようになりました。

我が家の菊も白、黄色、むらさき色と咲きそろいほのかな香りを漂わせている。

一ヶ月ほど前から体調不良であったKFさんは11月8日入院し、精密検査を

受け続けておりましたが昨日、手術し、経過も良好です。

近いうちには畑を耕すKFさんの元気な姿が報告出る事と思います。

又、今年は間に合いそうにはありませんがKFさんの国東半島の紅葉の写真も

ご覧いただけるものと思っています。

11/12 撮影

 

その1952 11/15 am6.00

ちょうど一年前の今日、この家に引っ越してきた。

このパソコンデスクから日々変わる山の色も裏の畑も想像以上に

私たちを和ませてくれた。 

野菜はほぼ自給自足になり果物も十分にまかなえることもわかった。

今日から始る2年目の生活は又、一つの課題を残して始る。

2年目も良い年であるように願いながら・・・

 

その1951 11/14 am5.00

又、新しい一週間が始る。

頭の悪い私にはちょつとストレスの溜まる一週間になりそうである。

そうそう、このページも私のストレスの一つが取れた後に公開されるんだった。(T_T)

 

その1950 11/13 am6.00

わぁー、大変だ。 ページが開かない。

メールのチェックしたらお金が振り込まれていないのでアクセス禁止になっていると言う。

そんな事はない、更新日以前に銀行振り込みをしているはずだと振り込み明細を調べたら

振込み人名の一文字が違っていた為に支払済みになっていなかったようである。

土日とあって何故文字が変わったかは銀行にも確認しようがない。

困ったことだ。

 

その1949 11/12 am4.30

サブ君が風邪を引いたらしい。

ひぃーひぃーこんこんと咳らしき声?ちょつと苦しそうである。

犬は寒さに強いと思っているのだが?

食欲旺盛、今も散歩に行ってきたのだが何時もと同じで元気は良いのだが・・・

昨日の豪雨の中も行きたいと言うので行って来たのだが・・・

何しろ話が通じない(意思は通じていると思っている)のが歯がゆい限りである。

 

その1948 11/11 am4.30

時間が欲しい。ほんの僅かな時間が空いた。

天気は快晴、数枚の撮影が出来た。

光線の具合は? アングルは? そんな事を考える暇もなかったが

ほんの少しだけ悔しさを紛らわした。

次の土、日曜日のどちらかが晴天でありますようにと願うしかない。

 

その1947 11/10 am6.00

時間が欲しい。 体が二つ欲しい。

一つは現場に、もう一つは県道29号線を自由に動ける体が・・・・

色づき始めた行入ダム、並石ダム、その道中は色とりどりに色を変え始めている。

その風景を眺めながら現場へ向う。 何と悔しいことか。

「k-planの新・国東百景」 第十四景第十七景をUPしました。

 

その1946 11/9 am5.00

築50年を越える旧家の補強工事が今日から始る。

先代のお父様が大工さんで見事な和室が2階に作られている。

どうしてもその和室を後世に残したいとのご希望で補強工事をし

残すことになったのである。 その和室部分を残して他の部分を解体したところ

私の想像をはるかに超える補強が必要である事が判明した。

そこで新しい試みを計画したのである。

構造強度からいえば解体するのが望ましいのだが・・・

そんな事から全ての強度計算からやり直し補強することに決まったのである。

倒壊の危険を伴う工事のため最善の注意を払うことになる。

気の抜けないこの工事は12月中旬まで続く。

 

その1945 11/8 am7.00

今朝の冷え込みは一段と厳しい。 

昨日は立冬であったと言うからこれが当たり前なのかなー

向かいの山のハゼの葉の色も昨日は一段と鮮やかでありました。

 

その1944 11/7 am5.30

昨日の雨は最高の雨である。 畑の作物にとって水不足が解消された。

そら豆、エンドウ、等々種まきをしていたのだがなかなか芽が出ないでいた。

昨夕見ると数々の目がでてきている。

耕した畑に種をばら撒けばよいなどと簡単に考えていたのだが

ほとんどが指先で少し抑えて印をつけその小さな穴に種を2.3粒づつ蒔くのが

好いと始めて解った。 そら豆は一辺15cmの+を指先で書きその先々に一粒づつ

芽の出る方を下に向けて押し込み土をかける。全てが発芽すれば元気のよい芽を

2本だけ残し他は引き抜くのだそうだ。 この方法を2本立てと言うと教えてもらった。

なるほど、なるほどと聞くたびに納得できる訳がある事がわかってきた。

芽が出る楽しみ、成長する楽しみ、収穫する楽しみを少しずつ実感しているのである。

尚、「我が家の農事報告」は仕事と家庭の事情で当分の間、不定期となります。

不定期期間の予定は一ヶ月間の予定です。今年も秋の訪れを報せるハゼの葉が真っ赤になった。(稜線右端)

11/5撮影

 

その1943 11/6 am7.30

昨日4の畑にたまねぎの苗を植えた。 KFさんのお姉さんが育てた苗である。

先週から植付けを始めたのだが500本以上になった。

一日一個ずつ食べたとしても一年で食べ切れそうにない数である。

KF 「全部たまねぎが出来たらどうする?」

k−plan「食べる。う〜ん500個ね〜」

KF 「今日はどれくらいの間隔で植えたの?」

k−plan 「13cmほど開けて植えたよ。」

KF 「それだと13cmより大きいたまねぎは出来ないね。」

k−plan「??????????????」

KF 「13cm以上になると隣同士が当たって大きくならないでしょ」

k−plan 「上手に上下に大きくなるよ。」

KF 「そんなにたまねぎが頭がいいかしら?譲り合って上下大きくなるなんて?」

ははははぁ・・・・ 付き合っちゃいられないねー まだ500個収穫したわけではないのに(^^♪

 

その1942 11/5 am6.30

今日の臼杵行きは急遽中止する事になった。

昨日まではKFさんも私も楽しみにしていたのに・・・

人には様々な試練を神は与える。 その試練を私たちに与えた。

乗り越えねばならない試練である。 11月8日にその決断を迫られている。

 

その1941 11/4 am6.00

明日は石仏で有名な(国東半島も有名だが)臼杵市で大友宗麟のまちつくりのシンポジウムが

午後から開かれることになっている。

野上弥生子の生家もありKFさんは行った事がないと言うことで同伴で朝から出かけようと

計画した。 そんな事からネットで検索してみたのだが野上弥生子の生家や

石仏周辺マップは簡単に検索し印刷できたのだが肝心のシンポジウムの場所がマップで

検索できないのである。 貰ったパンフレットには臼杵市中央公民館(臼杵市州崎)となっているが

その場所にはない。 すぐ近くの臼杵市浜と言う所にはある。 何故なんだ?

会場の住所のないパンフレットが多くなっている。地元の人にはこれでよいだろうが

初めて行く私には大変迷惑な話だ。 丁目番地まで入れるか

地図を添付すべき事ではないか? そのパンフレットには連絡先のTELもない。

些細なことかもしれないが来て下さいと言う以上は当然考えるべき一つではなかろうか?

 

その1940 11/3 am6.00

昨日のお話しの続きですがお客様の信頼を頂いて契約成立でありました。

私にとっては大変嬉しいことです。 国東半島には数グループの業者のグループがあり、

その中に入ると言うことは並大抵の事ではない。

そのグループごとに談合が行なわれ私に言わせれば暴利をむさぼっているように見える。

そんな事で私がそのグループに入る隙間はなどは到底ないし入ろうとも思わない。

そんな事から私が現在住んで住宅を建てるときにお世話になった人々と

外部から移り住んでグループに入れない業者によって今回の業者の選定が行なわれた。

いわば新しい業者のグループの初仕事となる。 当分は他の業者からの風当たりは

厳しいかもしれないがこのグループがこの度の工事を完成させた時には

一般のお客様からはこんな業者も居るのだと注目される仕事に完成させたいと

仲間達は協力を惜しまないでくれると言う。 工期45日の工事を全力で行うことになる。

 

その1939 11/2 am6.00

帰郷して以来あまりのルーズさに困惑している。

今回、山越えの豊後高田市で工事の予定の受注があった。

工期は12月末までと言うことなので11月初めより工事にかからねば工期がない。

その事を話した上である建材店へ見積の依頼を10月5日にお願いした。

快く引き受けてくれるとの返事にお願いしたのだが未だにその見積書は届いていない。

私の場合最低2社に見積をお願いする。こちらの相場を把握するには

一番よいからである。 当然の事、双方にその事は話した上でのことである。

そして1社からは1週間ほどで明細の見積書が届いた。

他の1社は現場にも近いことからお願いしたのだが・・・・

当然、この事からも材料の搬入もルーズであろうと判断し、

次回からはお願いすることもなかろうが・・・・

そしてその他の業者の見積書が昨日届いた。 やっとの事でこの工事の見積書が

私の手元で集計され本日、その工事の最終の打ち合わせと契約が行なわれることとなっている。

競争相手の少ないこの地方独特の風習なのか? 沢山の疑問が残っている。

 

その1938 11/1 am7.00

最近、早起きが出来なくなった。

どうやら新しい病院から貰っている薬が原因のようである。

十数年前から右手に痺れがあり一ヶ月に一度定期的に診断を受けていたのだが

Uターンして以後ある病院へ行ったのだがどうやら私の症状を理解してもらえないようなので

別の病院へ2週間ほど前、行ってきた。 医師の話には理解できたのだが

薬の種類が3倍以上に増えた。本当に効くのであればと毎日飲んでみている。

しかし、今のところ早寝しても早起きできなくなっただけのように思える。

以前から言われていたことだが薬を飲んだからと言ってすぐに良くなるというものではないと

言うことであった。 

しかし、まだまだパソコンのハウスとカメラのシャツターだけは手放したくない。

そんな訳で早起きできなくても当分は薬を飲み続けてみようと思っている。

 

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